切れ味と私。

私は自分の話をするのが些か苦手である。

 

何を話したらいいのか分からない。そもそも上手く話せない。かつ、そんな話を聞いても面白くないだろう。と勝手ながら思っているため率先して話を切り出すことができないのだ。

 

逆に人の話を聞くのは知らない事を知る事が出来るから好きだがそれも結局は話の上手いか下手かになってくる。

 

また、話の中で相槌を打ったり、ツッコミを入れたりするのも重要だと思っているので隙あらばそうなりたい。聞き手として上手くなりたいと思っている所はある。

 

私の大好きな水曜どうでしょう大泉洋なんて人の話を聞けばリターンエース。自ら話せばサービスエース。そこまで辿りつけなくてもそんな感じになりたいという憧れだけは頭にちらついている。

 

語彙力とその言葉の切れ味。

 

ないよりはあった方がいいと日々感じる。

 

会社で良く喋る先輩がいる。部署は違うが少人数の会社なので私はこの先輩とよく話をする。私の知らない事をよく知っているため知らないことを知る機会になるので私は話になんとなくついていく。フレンドリーな先輩でもあるため、前に聞いた話をするようなら「それ何億回も聞きました」「で、こうこうなったって話ですよね」と返せる。その点においては接しやすくツッコミやすい。

ただ、1つ言うならばお酒が入るとその話が深く入り過ぎてその話を延々とされ私でもついていけなくなる。

 

言葉だけで興味を持たせるというのは非常に難しいことであり、短くても長くてもいけないのだとその先輩の話を聞いてて痛感する。

 

そんなある日のこと、私とその先輩と後輩2人で中華料理屋に行った。後輩2人は部署も違うし仕事場も少し離れているのでその先輩とはあまり接点がないが、偶然が偶然を呼びその4人で食べに行くことになったのだ。

 

ビールを頼み、各々好きな料理を食べる。

今日の出来事から会社のあれこれを語る。

どんどん趣味や思い出の話に話が流れていくと酔って機嫌の良い先輩の趣味の話ターンになってしまった。

 

ー大丈夫かな。

 

私は1対1でこの先輩と呑みに行ったりすることがあるので慣れっ子だがこの子達がどこまでそれについて行けるのだろうと心配になった。

 

先輩は歌舞伎の話をし始めた。

 

私は芸人が好きだという話をした時に落語や歌舞伎の話で応酬されたことがあったため話の大体は聞いたことがあった。

後輩2人も最初は話を聞く姿勢に入っていて興味を持ちそうな体勢に入っていた。

先輩は酔って話すことに夢中になるとあまり人の顔色を見ない。話したいだけその話をするのだ。

 

開始5分。ー2人の姿勢は変わらない。

 

開始10分。ー1人はもう飽き始めている。もう1人は意外と相槌を打ちつつ話を聞いている。

 

開始15分。ー1人はもうすでに話を聞いていない。死んだ魚の目をしている。もう1人は変わらず話を聞いている。ちなみに私もここでノックアウトされた。

 

開始20分。ー先輩もよく口が回るものだと私は関心を覚える。1人はもう死んだ魚。そんな私もラジオのように聞き流し、壁に貼られたメニューを見ている。もう1人は変わらず話を聞いている。この時点でこの長い長い先輩の歌舞伎の話をしっかり聞いて相槌を打っていた後輩に私は心の中で敬礼していた。

 

そして、この歌舞伎の話を全てし終わった先輩は「これで歌舞伎観に行きたくなっただろ!?」と我々に言った。

 

ーここだ!!ここは1番親交のある私が「いやいや、話長過ぎて全然ですよ!!」とかとりあえず何かツッコミを入れなければ!!と思った矢先だった。

 

あれだけしっかりと話を聞いてた後輩が

 

「えーと…。道端にチケットが落ちてたら観に行くレベルですね。」

 

となんとも切れ味のあるツッコミを入れたのだ。

 

いや、これがツッコミなのかボケなのか分からない。ただ、私はそれを聞いた時に笑ってしまった。

 

「えー!!なんで!?」とあれだけ話したのにと目を丸く見開いていた。しかし、酔っ払っていることと全て話せたことが満足だったのか特に怒っている様子はなかった。さすがフレンドリー先輩。

 

つい笑ってしまった私だったが、私はこの1つの話に対して深く長く話すことは出来ないのでそういった面に対して「本当そこまでよく知ってますよね」と言うと先輩は嬉しそうだった。

 

私はその後輩とも先輩よりかは親交があり、時折その言葉の切れ味を目の当たりにすることがあったがここで飛び出すと思わなかった。

 

あんな切れ味どうやったら出すんだ。

 

店を出て後輩と別れた時、その後輩の後ろ姿が刀を腰に差した侍のように見えた。

 

一体、どこで刀を研いでいるのか。

 

先輩はきっと家に帰った時、胸に大きな傷があることに気づき倒れているかもしれない。

 

いつか、私も一太刀喰らうのだろうか。

 

うん。しっかり話せるようになろう。